ぱからん、はからん

ものつくりの、ものかき。

言葉にやどる体温

夕方、ロンドンのバス停であった出来事の温かさが忘れられない。

 

その女性はベビーカーに赤ちゃんをのせていて、

ベンチに座るおばあちゃんの肩をさすりながら、

「大丈夫よ、大丈夫よ」と声をかけていた。

 

私が来たときには、事が起こって少し経ってからだったので、

状況ははっきり分からなかったけれど、

そのおばあちゃんは、自分がどこにいるかも分からずひどく混乱していて、

居合わせたその女性が、落ちつかせようとしていた。

会話の中からふたりともその近所に住むイギリス人のようだった。

 

女性は体をさすりながら

「大丈夫よ、大丈夫よ」

「寒くない?大丈夫?私のジャケット着る?」

「何言ってるの、あなたはバカなんかじゃないわ」

「大丈夫、私はあなたの言っていることを信じているから安心して」

と繰り返し優しく言っていた。

 

またおばあちゃんが混乱しそうになると、

「今から、人が来て助けてくれるからね。私はどこにも行かないから安心して」と

抱きしめた。

 

その女性のすべての言動が、

そこではじめて会った人に向けられているとは信じられないくらいに温かかった。

 

「今度あなたが困ったときは連絡してね、私がたすけるわ」

というおばあちゃんに

「もー、いいのいいの!ありがとう」と笑っていた

 

パトカーが到着すると、

おばあちゃんは、女性の手に何度もキスをして、

「本当にありがとう」とお礼を言って別れた。

 

女性は警察官に状況を伝えて、

「私の番号を教えるので、この方が大丈夫だったかあとで連絡してください」

としばらく話をしていた。

 

ロンドンではじめて、

そして日本でも居合わせた事のない場面だった。

 

その場にいる数人は、私のように状況を見守っていて、

または我関せずバスを待つ人たち。

 

もしあの女性がいなかったとしても、

他の誰かしらが、対応していた状況だろう。

 

それでも彼女の、

すべてを受け入れるような、言葉の響きは、

ただ安心させるための間に合わせとは思えない、

こちらまでうるっとしてしまうようなあたたかさを持っていた。

 

困っている見知らぬ人を助けたという出来事よりも、

相手のことを想ってかけられた言葉に宿る温度が忘れられない。

 

女性がつれていた赤ちゃんは、ベビーカーの中ですやすや眠っていた。

誰かを大切にする事は、とっさに出来るものじゃなくて、

この赤ちゃんにも愛がたくさん与えられているんだろうなと思った。